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田村有樹子の大学・wiki経歴まとめ!キングコング西野の敏腕マネージャーとは何者?

お笑い芸人キングコングの西野亮廣さんは、タレント活動の他、絵本作家としても大活躍されていますね。

ベストセラーとなった絵本「えんとつ町のプペル」は、自身が製作総指揮を務めて映画化され、大きな話題となっています。

また、オンラインサロンの会員は7万人を超え、その年収は8億円以上!

そんな大活躍中の西野亮廣さんに敏腕マネージャーがいることを、みなさん、ご存じでしょうか?

そのマネージャーは田村有樹子さんという女性で、西野さんを裏でがっちり支えている、相当やり手な方のようです。

そしてものすごい経歴の持ち主のようですよ!

そんな田村有樹子さんの気になる経歴やプロフィールについて、紹介してきますね。

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田村有樹子って何者?

田村有樹子は敏腕マネージャー

田村有樹子さんはキングコング西野亮廣さんの敏腕マネージャーです!

タレント活動の他、絵本や映画、その他様々な西野亮廣さんが手掛けている活動のサポートをしています。

2016年に西野亮廣さん「えんとつ町のプペル」を発売にあわせて個展を開いたときに、友達として手伝いに来てくれた田村有樹子さんに、「オーガナイザーとしてスタッフにがっつり入ってよ」とお願いしたそう。

それをきっかけにして関係が始まり、今では田村有樹子さんは西野さんにとって、マネージャーとして無くてはならない存在のようですよ!

田村有樹子のプロフィール

田村有樹子さんの基本プロフィールはこちら。

本名:田村有樹子(たむら ゆきこ)
生年月日:1980年7月24日
年齢:40歳
出身:京都府
 

田村有樹子さんは西野亮廣さんと同じ40歳なんですね。

きさらに出身は京都で、西野さんは兵庫出身なので、同じ関西圏で気が合うのかもしれませんね。

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田村有樹子の経歴

田村有樹子さんは、どうやらものすごい経歴の持ち主のようなのです。

早速、その経歴を紹介していきますね。

大学卒業
 ↓
テレビ制作会社に就職(AD)
 ↓
独立して映像制作会社を設立、プロデューサー兼代表取締役
 ↓
スナックのママ
 ↓
西野亮廣のスタッフ、マネージャー
 

テレビに関連する仕事がメインですが、『スナックのママ』っていう驚きの経歴もあるんですね!

田村有樹子 テレビ制作会社「オフィス・トゥー・ワン」に就職

田村有樹子さんは、2004年に大学を卒業した後、上京して「オフィス・トゥー・ワン」というテレビ制作会社に就職しています。

『単独ではなくチームで出来る仕事』としてテレビ業界を選んだとのこと。

就職後はすぐに所ジョージさんが出演する番組のADを担当し、なんと週に150時間も働いていたそうです。

1週間休日なしで1日21時間以上も働いた計算になりますから、ものすごい勢いで仕事をしていたんですね。

すぐに労働基準法に引っかかってしまったそうです。

田村有樹子 会社設立、プロデューサー兼代表取締役

それでも田村有樹子さんはもっと働きたいと思っていたそうです。

そして、もっと働きたいのに『社員』としてでは労働基準法に引っかかって働けないため、独立して会社を設立することにしたのです。

「オフィス・トゥー・ワン」を1年4か月で退職し、24歳で映像制作会社を立ち上げて代表取締役を務めながら、プロデューサーとしても精力的に活動したのです。

バリバリに活躍されていたそうで、「田村P」といえばテレビ業界では有名人だったそうです。

香取慎吾さんの「慎吾ママ」を世に送り出したのも田村有樹子さんです。

このときに「ガリゲル」というバラエティー番組のプロデューサーとなり、出演者であった西野亮廣さんと出会っています

こうしてプロデューサーとしての仕事は順調だったのですが、会社を経営する立場として、社員の給料や体調のことを考えすぎてしまい、だんだんストレスをかかえるようになってしまったそう。

そのストレスが原因で、30代前半で円形脱毛症になってしまったのです。

田村有樹子さんは、「人のことばかり考えて生きていかなあかんのは嫌や」と思うようになり、35歳で会社を辞めることに決めたのです。

田村有樹子 スナックのママになる

田村有樹子さんが次の仕事に選んだのは、なんと「スナックのママ」でした!

それまでの経歴とずいぶん毛色の違う職業を選んだと思われますが、田村有樹子さんいわく、「プロデューサー」と「スナックのママ」には共通点が多いのだそうです。

プロデューサーは出演者とおしゃべりしながらも、ADやディレクターが何をしていて、撮影がどんな状況かを把握し、何をすべきかを判断するそう。


スナックのママも、大勢のお客の状況を把握して、今どこの席にいくべきか、自分に何を求められているかを判断する必要があるため、プロデューサーとして培われた広い視野やバランス感覚が役立ったとのことなのです。

また、多くの芸人や仕事仲間から「田村さんはスナックのママに向いている」と言われていたそう。

「人から何かに向いていると言われたことなんて、今まで生きてきてなかったから」という理由で、思い切ってスナックのママを始めることにしたそうです。

36歳の時から38歳になる2018年の7月まで、六本木のバーで雇われママとして働きました。

なお、その間も、プロデューサーやイベントの企画などの仕事もされていたそうです。

本当に精力的な方ですね!

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田村有樹子がキングコング西野のマネージャーになったきっかけは?

田村有樹子さんと西野亮廣さん、2人の最初の出会いは、先ほど紹介した「ガリゲル」という番組です。

タレントプロデューサーという形で出会い、仲良くなって一緒に呑みに行ったりしていたみたいですね。

そこから、個展などを手伝ってもらうようになり、西野さんが田村有樹子さんの根性に惚れ込んで、「スタッフ」にスカウトしたのです。

2016年の「えんとつ町のプペル」の発売にあわせて個展を開いたときに、「オーガナイザーとしてスタッフにがっつり入ってよ」と正式にお願いしたそう。

1日20時間働らく自称ワーカーホリック(仕事中毒)の西野さんに、田村有樹子さんは唯一ついてこれる人間だそうです。

こうして田村有樹子さんは西野さんと働くようになり、2018年7月には六本木のバーを退職して、西野さんのマネージャーとして専念することになったのです。

田村有樹子「はれのひ事件」のリベンジ成人式

田村有樹子さんは、実は大きな話題となったイベントを企画した方なのです。

2018年1月、神奈川県横浜市で振袖の販売・レンタルなどを運営していた企業「はれのひ」が成人式当日に無断で店舗を閉鎖し、振袖を予約していた多くの新成人たちが晴れ着を着られなかったという事件が起こったのは有名ですよね。

田村有樹子さんはこの「はれのひ事件」に対して、「はれのひ」だけではなく、この事件で悲しい思いをした新成人たちに何もしようとしない行政にも怒りを覚え、だったら自分が成人式をやろうと企画を立ち上げたのです!

そして、同年2月4日、被害者を対象とした「リベンジ成人式」(あらためて新成人を祝う会)という無料イベントを横浜港で開催したのです。

この企画を西野さんにLINEで相談した時、西野さんから速攻で「成人式やりましょう」と返事が返ってきたそうです。
そしてこの企画の費用は、全て西野さんが負担したのです。

表舞台には西野さんが立って、企画は田村有樹子さん、費用は西野さん、というバランスで、このイベントは大成功し、多くの話題を集めることとなりました。

出席された新成人の方たちも本当に嬉しかったでしょうね。

田村有樹子の学生時代

すごい経歴・実績をもってい田村有樹子さんは、どんなふうに育ってきたのでしょうか?

どんな学生時代を過ごしたのか紹介しますね。

小学校でいじめ

以外にも田村有樹子さんは、小学校の時いじめにあって不登校だったそうなのです。

小学校5年生の時に、リーダー格の女の子の模試の成績を抜いてしまったら、それが原因でいじめられるようになってしまったのです。

そしてそのまま不登校となり、私立中学に進学しんがくすることにしたのです。

田村有樹子さんご本人は、私立中学に「逃げた」と語っています。辛かったのでしょうね。

中学校・高校時代はテニスに夢中

私立中学に入学しても、初めは人との付き合い方がわからなかったそうですが、テニス部に入って変わることができたそうです。

テニス部では最初は一番へたくそだったのですが、悔しくて部活の後に毎日19時から23時までテニススクールに通いつめ、めきめきと上達し、学校のエースとなったことで、いろいろな人から声をかけられるようになったそうです。

「こっちが媚びなくても、結果さえ出していれば、一生懸命やってれば、人が寄ってくるんだって気付いて。そっからもうだいぶ変わりました。」

「人に必要とされたいんです」

「そうそう それが(人に必要とされることが)ある限りは私は頑張れる。一所懸命やれば、人は、ある程度 ついてくる!見てる人は見てる!」

引用:ryu-ga-gotosi.hatenablog.com

テニスを始めたことで、「結果さえ出していれば、一生懸命やってれば、人が寄ってくる」ということを知り、田村有樹子さんは大きく変わることができたようですね。 

高校でもテニスを続けました。
県大会で上位に行くと決めて、夏休みも遊ばず、修学旅行にもいかず、テニスばかりやっていたそうです。

そしてみごと県大会で5位になったのです!

でも、四六時中テニスのことしか考えていなかったため、高校3年生の部活引退時のに偏差値は36。
大学受験には惨敗してしまい、1年浪人することになってしまいました。

大学は同志社大学

浪人中、田村有樹子さんは徹底して勉強しました。

通学時間がもったいないから予備校の近くの祖父母宅に居候し、友達と連絡をとらないため携帯電話をへし折り、毎日15時間以上の勉強をしたそうです。

その結果、1年後に同志社大学に合格することができました!

本当にものすごい根性ですね!
決めたことは絶対にやり遂げるという信念を感じます。

西野亮廣さんが「唯一、自分についてこれる人間」と認める田村有樹子さんの根性と信念は、こうして培われたようです。

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田村有樹子は結婚してる?

田村有樹子さんは未婚のようです。

以前、あるインタビューで、「女の幸せは諦めて、しんどい仕事して、仕事できるようになりたかった」と語っていました。

でも、「女の幸せがやってきたら?」と聞かれて、「仕事なんかあっさり辞めるかも(笑)」と半分冗談ぽく答えています。

もし「女の幸せ」がやってきたとき、田村有樹子さんはどのような決断をするのでしょうね?
気になるところです。

また、仕事上だけではなく、プライベートのパートナーとしても、西野亮廣さんと息がぴったりなのでは?という声もあるようですね♪

田村有樹子のオンラインサロン

西野亮廣さんはタレントや絵本作家としても活躍していますが、なんと言っても有料オンラインサロンの運営がすごいことにいなっていますよね。
日本で1番の会員数で、会員数は7万人以上、年収は8億円を超えています。。

そして、なんとマネージャーの田村有樹子さんも、かなりの会員数のオンラインサロンを運営しています。

その数はなんと2,813名(2021年1月5日現在)

タレントではないにも関わらず、ものすごい人気なんですね。  

芸能人のオンラインサロン会員数と比較してみると、

西野亮廣:74,859名(2021年1月5日現在)

中田敦彦:4,117名(2021年1月5日現在)

・つんく♂:1,032名(2021年1月5日現在) 

ということで、田村有樹子さんの「2,813名」はものすごいことが分りますね。

田村有樹子さんの有料オンラインサロンは月会費:1,000円ですので、月で換算すると月収280万円

とんでもない金額ですね・・。

 

とはいえ、月収もさることながら、注目したいのは田村有樹子さんの人間的な魅力ですよね。

タレントでもないのに、これだけ多くの人が彼女の所に集まってくるというのは、田村有樹子さんが人を引きつける大きな魅力を持っているからだと思います。

田村有樹子さんご自身が、「結果さえ出していれば、一生懸命やってれば、人が寄ってくる」といっていますが、まさにそれを体現されていますね。

田村有樹子さんは、これからも努力され、結果を出して、ますますご活躍されるでしょうね!

西野亮廣さんとのコンビも息ぴったりのようですし、これから二人でどんなことをやってくれるのかとても楽しみです。

田村有樹子さん、西野亮廣さんの動向に注目していきましょう!

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